移住者の声
「やらない後悔より、やって後悔する方がいい」大手企業の営業職から、加茂市で挑む農業と空手の新天地

新潟県加茂市。古くから「北越の小京都」とも呼ばれる、落ち着いた佇まいが魅力の街です。この街に2026年の春、新しく移住してきた青木 栄樹さん。前職は会社員として営業の仕事をされていましたが、30代後半を迎え、未経験から農業の道へ進むことを決めました。
広大な700坪の自宅でのこれからの暮らしや、子どもの頃から続けている「空手」への想い、そして実際に住んでみて感じた加茂市の心地よさについて、等身大のお話を伺いました。
キャリアの転換点:「やりがい」を求め、節目を前に選んだ農業の道
Q. 移住前はどのようなお仕事をされていたのですか?また、そこから農業を志したきっかけを教えてください。
前職は新潟市東区に住みながら、大手の会社で営業職を務めていました。年齢も30代後半になり、組織の中ではいわゆる中間管理職に近いポジションを任されるようになっていたんです。しかし、年数を重ねるごとに、どうしても仕事に対する本当の「やりがい」を見出せなくなってしまっている自分に気づきました。
40歳という大きな節目を目前にして、自分の将来について激しく悩みました。もともと土をいじることが好きで、自宅のプランターで野菜栽培をするなど農業への興味はあったのですが、ちょうど悩んでいるまさにそのタイミングで、現在お世話になっている白根の果樹園のオーナーさんが独立するというお話を耳にしたんです。挨拶を兼ねてお話を伺いに行き、「うちで一緒にやってみないか」と誘っていただきました。
私の人生のモットーは、「やらないで悔やむより、やって悔やんだ方がいい」。先の見えない不安よりも、挑戦しないことへの後悔の方が大きいと考え、この運命的なご縁に賭けて一歩を踏み出す決意をしました。
加茂市鵜森の「700坪の土地」との出会い、そして家族での移住
Q. 移住先として加茂市、それも現在の鵜森の物件を選ばれた理由は何だったのでしょう。
最初は東区に住んだまま農業をすることも考えたのですが、やはり毎日通うとなると通勤時間がかかり、農業を本格的にやるには不便だと感じました。そこで別の場所で新居を探していたところ、父がこの物件の情報を見つけてくれたんです。
内見に来て驚いたのは、その圧倒的なスケールでした。敷地全体で約700坪。そのうち母屋部分が200坪で、なんと畑にできる部分が500坪もあったんです。「これだけ広い畑が自宅にあれば、自分のやりたいことが形にできる」と一目でワクワクしました。以前の持ち家を売却する手続きを進めながら、両親と一緒にこの加茂市の新しい家に引っ越してきました。
Q. 自宅にある500坪の広大な畑では、今後どのようなことを計画されていますか?
まずは年内、早ければ数ヶ月以内を目標に本格的な栽培をスタートさせたいと考えています。最初は様々な種類の野菜を育ててみて、ここの土壌との相性を見極めたいですね。最初は現在修行させていただいている果樹園の手伝いをメインにしつつ、副業のような形で自宅の畑を耕し、将来的には独自の農業の柱としてしっかり軌道に乗せていきたいです。
【コラム】厳しい気候を乗り越える、農業の本当の楽しさ
農業の世界に入ってちょうど1年が経ちました。現在はオーナーとパートさんと私の3人体制で、主に梨と「ル レクチエ」を栽培しています。昨年夏は記録的な空梅雨で、水の確保には本当に苦労しました。畑へ木々の間をジグザグに縫うようにして長いホースを手作業で引っ張り、必死に水を引いたのは今では良い思い出です。天候との戦いは過酷ですが、それを遥かに凌駕するほど、自分の手で果実を育てるプロセスは「めちゃくちゃ楽しい」の一言に尽きます。

人生を支える「空手」の存在、そして大阪での2年間の武者修行
Q. お部屋に素晴らしいトロフィーが数多く飾られていますが、青木さんにとって空手とは?
空手を始めたのは小学校5年生(10歳)の時です。実は、最初は父親に無理やり道場へ連れていかれたのがきっかけで、当時はそれほど好きではありませんでした(笑)。ただ、細々とでも続けていくうちに、高校を卒業する頃から急激にその魅力にのめり込んでいったんです。
一度は新卒で入社した仕事が忙しくなり、道場から足が遠のきかけた時期もありました。そんな時、当時の師範から「青木、大阪に武者修行に行ってみないか」と言われたんです。大阪には強豪団体(正道会館など)で準優勝や3位の実績を持つ、非常に高名で強い先生がいらっしゃいました。私は大きな決断をして、3年間勤めた仕事を辞め、2年間大阪へと単身武者修行へ向かいました。
その2年間、本気で空手と向き合ったことで才能が開花し、帰郷後は新潟県内の大会で上位に食い込めるようになりました。ロシア人の世界チャンピオンと対戦したこともあり、本当に強い相手と拳を交えたことは最高の経験です。気づけば家がトロフィーでいっぱいになるほど、空手は私の生活の一部であり、人生の軸となりました。
Q. 現在は指導者として活動されているそうですね。
コロナ禍を契機に一度選手としての一線は退き、現在は上越や新潟市内のコミセンなどを中心に、週に数回指導を行っています。私たちが受け継いでいるのは「上地流(うえちりゅう)」という沖縄発祥の伝統ある流派です。うちの道場は少し特殊で、子どもよりも大人の方、それもお父さん世代の門下生が多く、平均年齢は50歳ほど。ベテランの皆さんとともに、日々心地よい汗を流しています。周囲からは「また現役復帰して試合に出ろ」と言われているので、来年あたり、もう一度だけ選手としてチャレンジしてみてもいいかな、とも密かに考えています。

加茂市での暮らし:心地よい静けさと、言葉にできない不思議な魅力
Q. 加茂市に移住して2ヶ月が経ちましたが、実際の住み心地はいかがですか?
一言で言って、本当に素晴らしい環境です。とにかく驚くほど静かで落ち着いて生活ができます。私たちの住む鵜森は加茂の端に位置しているので、2階の窓からはコメリの本社が見えるのですが、南区(白根)や三条市にもすぐに出られる絶妙なロケーションなんです。
地域の方々も驚くほど温かいですね。先日、自宅の敷地で草刈りをしていたら、斜め後ろにお住まいの区長さんがわざわざ声をかけてくださいました。移住者が懸念しがちなネガティブなご近所トラブルなどは一切なく、とても居心地よく過ごせています。
Q. 加茂市内でお気に入りのスポットや、これからやってみたいことはありますか?
今の一番のお気に入りは、断トツで「加茂美人の湯」ですね。農業や空手で汗を流した後にあそこに行って温泉に浸かり、七谷食堂で美味しいご飯(七谷産コシヒカリの夕食など)を食べるのが最高の贅沢です。あとは、加茂山公園や青海神社をのんびり散歩するのも定番のコースになっています。
加茂市の街並みには、他の近隣市町村とは全く違う、言葉では上手く「因数分解できない不思議な魅力」があると感じています。「小京都」と呼ばれるような歴史ある古い風情が色濃く残っている一方で、現代的な利便性もグラデーションのようにつながっている。隣の市から加茂市に入った瞬間に、すっと空気が変わるような感覚があるんです。まだ商店街をじっくり歩けていないので、評判の美味しいお肉屋さんのコロッケや、アイス屋さんなどを巡る「街ぶら」を楽しみたいと思っています。
未来へのビジョン、そして新しい一歩を躊躇している方へのメッセージ
Q. 5年後、10年後の未来に向けて、加茂市でどのようなビジョンを描いていますか?
農家として自宅の野菜栽培を軌道に乗せることはもちろんですが、せっかく加茂市に腰を据えたので、もうひとつ大きな夢があります。それは、この加茂市で空手を教える場所(道場)を作ることです。
私自身、少年時代に空手という存在によって精神的にも肉体的にも大きく助けられ、成長させてもらいました。今度は私が、加茂市の子どもたちや青少年に対して、健康面や精神面、メンタルの強化といった部分で恩返しをしたい。空手を通じて地域社会に貢献できたら、これ以上嬉しいことはありません。
Q. 最後に、未経験からの挑戦や地方移住を考えている方へ、先輩としてメッセージをお願いします。
やはり、最初の「一歩」を踏み出せるかどうかが、その後の人生を決定づけると思います。「新しい土地に馴染めるだろうか」「未経験の仕事が務まるだろうか」と悩むのは当然ですし、みんな難しいと言います。でも、一歩を踏み出さなければ、その先にある景色を見ることは絶対にできません。
もし行動してみて、本当に自分に合わなければ、その時はまたその時です。私自身、会社を辞めて農業を始め、加茂市に移住してきましたが、今のところ後悔は1ミリもありません。街の人々はガツガツしておらず、穏やかで優しく、本当に住みやすい街です。やりたいことがあるのなら、ぜひ恐れずにチャレンジしてみてください。